2026年9月12日、天竜浜名湖鉄道の都築駅から三ヶ日駅までの区間を歩きました。
今回はその中から、浜名湖に近い場所に架かる宇志川橋梁と三ヶ日川橋梁を紹介します。

天竜浜名湖鉄道 宇志川橋梁

天竜浜名湖鉄道 三ヶ日川橋梁
どちらも一見すると、それほど目立つ大きな橋ではありません。
しかし実際に見てみると、二つの橋には今も「鐡道省」の文字が入った銘板が残っていました。
調べながら現地で確認した範囲では、いずれも二俣線開業当時から使われている橋と考えられます。
大きな観光施設ではありませんが、こうした小さな構造物の中にも、天浜線の長い時間が残っています。
スポットの概要
今回訪れたのは、静岡県浜松市浜名区三ヶ日町三ヶ日にある宇志川橋梁と三ヶ日川橋梁です。
宇志川橋梁
三ヶ日川橋梁
天竜浜名湖鉄道の都築駅〜三ヶ日駅間にあり、どちらかといえば三ヶ日駅側に近い場所です。
二つとも比較的小さな橋梁ですが、構造は鉄橋です。
そして特に印象的だったのが、両方の橋に残されている古い銘板でした。
確認できた範囲では「鐡道省」の文字があり、宇志川橋梁では年号も「昭和十一年」と読むことができました。
この区間の開業が昭和13年なので、開業に先立って橋梁が製作されていたと考えても年代的な矛盾はありません。
ただし、銘板の文字には不鮮明な部分も多いため、この記事では現地写真から確認できた範囲だけを記録します。

天竜浜名湖鉄道 宇志川橋梁 銘板
現地の様子
宇志川橋梁と三ヶ日川橋梁は、どちらも浜名湖に近い場所にあります。
周辺には国道362号線が通っており、現在の道路交通のすぐ近くを天浜線が走っています。
宇志川橋梁
宇志川橋梁は、今回の散策では橋の近くまで入ることができませんでした。
そのため、全景も銘板も離れた場所からの撮影になっています。
写真を拡大すると「鐡道省」の文字は確認できましたが、それ以外は読み取りにくい部分があります。
今回確認できた範囲では、
- 鐡道省
- 活荷重 KS12
- 東京石川島造船所製作
- 昭和十一年
- 材料 C?:八幡製鉄所
- 材料 L:不明
- 材料「ばん」:浅野と読める可能性
- 鋲:浅野小倉製鋼所
と読めました。
ただし、一部については写真からの判読が難しく、確定とはしていません。
三ヶ日川橋梁
三ヶ日川橋梁は、宇志川橋梁よりもかなり近くから見ることができました。
橋のすぐ横に踏切があるため、立ち入り可能な場所から橋の南北を見ることができます。
一方で銘板の状態は気になりました。
本来2枚ある銘板のうち、1枚はすでに脱落していました。

天竜浜名湖鉄道 三ヶ日川橋梁 銘板があった場所
残っている1枚も、今回撮影できる位置からは橋の反対側に近く、文字を鮮明に撮影することはできませんでした。

天竜浜名湖鉄道 三ヶ日川橋梁 銘板
確認できたのは、
- 鐡道省
- 東京石川島造船所製作と思われる文字
などです。
また材料欄の上部に「八」の文字が見えるため、八幡製鉄所と書かれている可能性がありますが、今回は断定できませんでした。
天浜線沿線として見た魅力
この二つの橋を見て印象が変わったのは、登録有形文化財ではない橋の中にも、二俣線開業当時から残るものがあるということでした。
天浜線沿線には、駅舎や大きな橋梁など、歴史的な建築物として比較的知られているものがあります。
その一方で、今回の宇志川橋梁や三ヶ日川橋梁のような小さな橋は、歩いていてもそのまま通り過ぎてしまいそうです。
ところが近くで確認すると、そこには「鐡道省」の銘板が残っています。
大きさや知名度とは関係なく、現在の天浜線を支えている構造物の中に、開業当時のものが残っている。
沿線を歩いて記録していると、こうした発見がとても面白く感じられます。
今回は都築駅から三ヶ日駅まで歩いた中の一部ですが、この区間だけでも、浜名湖、国道、鉄道、古い橋梁が近い範囲に重なっています。
撮影スポットとしての見どころ
撮影しやすいのは三ヶ日川橋梁です。
橋の横に踏切があり、立ち入り可能な道路側から橋を南北それぞれ見ることができます。※第三浜崎踏切は警報機や遮断機の無い、第4種踏切です。通行の際は十分注意してください。

天竜浜名湖鉄道 第三浜崎踏切
浜名湖にも近く、周囲の風景を含めて撮影できるのも特徴です。
橋だけを大きく撮るよりも、線路や川、周囲の景色と組み合わせることで、三ヶ日周辺を走る天浜線らしい写真にしやすい場所だと思います。

天竜浜名湖鉄道 三ヶ日川橋梁を渡るブンブン号
一方、宇志川橋梁は今回確認した範囲では近づける場所がなく、無理に接近せず遠方から撮影しました。
安全に撮影できる範囲を優先した方がよさそうです。
歩いて感じたこと
最初に見たときは、どちらも小さな橋でした。
特に目立つ構造物という印象ではありません。
ところが銘板を確認してみると、「鐡道省」の文字が残り、宇志川橋梁では昭和十一年と読めます。
二俣線が開業した頃から現在まで、この小さな橋が線路を支え続けてきたのだと分かると、見え方がまったく変わりました。
個人的には、こうした橋こそきちんと記録しておきたいと感じます。
同時に気になったのが、銘板の状態です。
三ヶ日川橋梁では2枚のうち1枚がすでに脱落していました。
これまで天浜線沿線を歩く中でも、割れたり、文字が読みづらくなったりした銘板を何度か見てきました。
橋そのものだけでなく、製作年や製造元、材料などを伝える銘板も貴重な記録だと思います。
どのような保存が適切なのかは分かりませんが、失われてしまう前に何らかの形で記録や保護が行われれば、と思いました。

天竜浜名湖鉄道 三ヶ日川橋梁
再訪して確認したいこと
今回、一番心残りだったのは銘板を十分鮮明に撮影できなかったことです。
宇志川橋梁は距離があり、三ヶ日川橋梁は残っている銘板の位置が撮影場所から遠いため、細かな文字までは確認できませんでした。
光の状態や撮影位置を変えれば、もう少し文字が読める可能性があります。
また三ヶ日川橋梁の近くには、Orange Lagoonというカフェがあります。
バイクで訪れる人も多いようで、今回は利用していませんが、今度立ち寄ってみたい場所です。
位置関係から見ると、Orange Lagoon側から橋梁や銘板が見やすい可能性もあります。
次回はカフェを訪ねるのと合わせて、橋の再撮影も試してみたいと思っています。
※Orange Lagoonから銘板が見えるかどうかは、現時点では未確認です。
散策時の注意点
宇志川橋梁は、今回確認した範囲では橋の近くまで安全に接近できる場所がありませんでした。
銘板を見るために線路や私有地へ入らず、公道など立ち入り可能な場所から確認することが大切です。
三ヶ日川橋梁は踏切に隣接していますが、列車通過時には踏切や線路から十分な距離を取る必要があります。
撮影に集中すると列車や車への注意がおろそかになりやすいため、周囲の交通を確認しながら撮影してください。
また、
- 線路内へ入らない
- 鉄道用地へ立ち入らない
- 私有地へ入らない
- 橋梁や銘板に触れない
- 踏切周辺で通行を妨げない
といった基本的な配慮も必要です。
まとめ
宇志川橋梁と三ヶ日川橋梁は、どちらも決して大きな橋ではありません。
しかし、銘板には「鐡道省」の文字が残り、宇志川橋梁では昭和十一年と読むことができました。
二俣線開業当時から使われていると考えられる橋が、現在も天浜線の列車を支えている。
今回歩いてみて、それだけでも十分に記録する意味のある場所だと感じました。
特に印象に残ったのは、登録有形文化財になっているかどうかに関係なく、沿線にはまだ古い構造物が数多く残っているということです。
そして、それらの銘板や記録は、少しずつ失われつつあります。
大きな観光地を訪ねるだけでは見つからない、小さな橋と古い銘板。
こうしたものを一つずつ確認していくことも、天浜線沿線を歩く楽しみの一つになってきました。
今回は都築駅〜三ヶ日駅間のうち、宇志川橋梁と三ヶ日川橋梁を記録しました。
この区間については、今後も周辺の橋梁や沿線風景を少しずつ紹介していきます。


