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2026年9月 西掛川〜桜木駅間に残る3つの鋼製架道橋|街中に眠る昭和初期の鉄道遺産

03.西掛川駅
天竜浜名湖鉄道 西境避溢橋梁
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2026年9月18日、天竜浜名湖鉄道の桜木駅から西掛川駅まで歩きました。

この区間で今回注目したのが、掛川市大池にある3つの鋼製架道橋です。

西境避溢橋梁、西掛川架道橋、大池橋梁。

どれも大規模な橋ではなく、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうな存在です。

ところが詳しく見ていくと、西境避溢橋梁と大池橋梁には「鐡道省」「昭和九年」と刻まれた銘板が残っていました。

二俣線開業に合わせて造られ、90年以上を経た現在も現役で使われています。

さらに、銘板が失われている西掛川架道橋も、構造や外観は周辺に残る鐡道省時代の橋梁によく似ています。

天浜線には、登録有形文化財として知られる構造物だけでなく、街中に目立たず残っている古い橋も数多くある。

今回の散策は、それを改めて実感するものになりました。

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3つの架道橋の概要

大池橋梁(架道橋)

西境避溢橋梁(架道橋)

西掛川架道橋(架道橋)

今回訪れたのは、いずれも静岡県掛川市大池にある鋼製の架道橋です。

桜木駅から西掛川駅へ向かう途中に、

  • 西境避溢橋梁
  • 西掛川架道橋
  • 大池橋梁

の順に見ることができます。

規模も構造もそれぞれ異なります。

西境避溢橋梁は支間19m20の上路式。

西掛川架道橋は支間21mの下路式。

大池橋梁は支間8m20の小さな下路式架道橋です。

3橋を続けて見ることで、同じ鋼製架道橋でも用途や条件によって構造が違うことがよく分かりました。

天竜浜名湖鉄道 西境避溢橋梁

天竜浜名湖鉄道 西掛川架道橋

天竜浜名湖鉄道 大池橋梁

西境避溢橋梁|小さな橋に残る鐡道省の銘板

西境避溢橋梁は、垂木川橋梁の近くにあります。

支間は19m20。

線路が橋桁の上を通る、上路式の鋼橋です。

現在は橋の下を細い道路が通っています。

名称に「避溢橋」という文字が入っていることから、もともとは築堤によって水の流れを遮らないよう設けられた構造だった可能性も考えたくなりますが、今回その由来までは確認できていません。

天竜浜名湖鉄道 西境避溢橋梁

現地で見ると、決して目立つ橋ではありません。

しかし銘板には、この橋の来歴を示す情報がかなり残っています。

天竜浜名湖鉄道 西境避溢橋 銘板

確認できた内容は、

  • 鐡道省
  • 活荷重 KS12
  • 図番と思われる表記:219
  • 汽車製造株式會社
  • 昭和九年
  • 材料 L:八幡製鉄所、日本鋼管會社
  • 鈑:浅野造船所
  • 鋲:浅野小倉製鋼所

でした。

小さな架道橋ですが、銘板を見ると、二俣線開業時に造られた鐡道省時代の構造物であることがはっきり分かります。

最終塗り替えは2012年2月。

撮影時には一部で塗装の剥がれや錆が目立っていました。

西掛川架道橋|主要道路をまたぐ下路式の鋼橋

西境避溢橋梁のすぐ東側にあるのが、西掛川架道橋です。

支間は21m。

こちらは西境避溢橋梁とは逆に、線路が主桁の間を通る下路式の架道橋です。

天竜浜名湖鉄道 西掛川架道橋

橋の下には県道415号が通っています。

掛川市街へつながる交通量のある道路で、現在も地域の道路交通と天浜線が立体交差する重要な場所です。

なぜこの橋は下路式なのか。

下を通る道路の空間を確保するためだったのではないか、と考えたくなる構造ですが、今回確認できる資料はなく、理由は未確認です。

残念ながら、銘板は残っていません。

ただし、銘板を取り付けていたと思われる跡があり、橋そのものの造りも周辺の鐡道省時代の架道橋とよく似ています。

天竜浜名湖鉄道 西掛川架道橋 銘板の跡

そのため、同じ時期に建設された可能性が高いように見えますが、製造年や製造会社については断定できません。

最終塗装の記録は1994年11月。

今回訪れた3橋の中では、塗装から最も長い時間が経っています。

現在は塗装の劣化も見られ、蔦のような植物が橋の一部を覆っていました。

そろそろ再塗装が行われても不思議ではない状態にも見えますが、今後の塗装予定については確認できていません。

大池橋梁|昭和9年製とは思えないほどきれいな姿

3橋の中で最も西掛川駅に近いのが、大池橋梁です。

支間は8m20。

短い下路式の鋼製架道橋です。

天竜浜名湖鉄道 大池橋梁

規模だけを見ると、今回の3橋の中では最も小さな存在です。

しかし、ここにも古い銘板が残っています。

天竜浜名湖鉄道 大池橋梁 銘板

確認できた内容は、

  • 鐡道省
  • 活荷重 KS12
  • 図番と思われる表記:208
  • 日本橋梁株式會社
  • 昭和九年
  • 材料 I・C:八幡製作所
  • L:全上と読める表記
  • L:日本鋼管株式會社
  • 鈑:浅野造船所
  • 鋲:浅野小倉製鋼所

でした。

文字の一部については、今後さらに写真を確認したいところもあります。

大池橋梁で特に印象的だったのは、橋の状態です。

2026年2月に再塗装されたばかりで、橋桁は非常にきれいでした。

昭和9年製。

90年以上使われている橋ですが、きちんと塗装し直されると驚くほど新しく見えます。

古い橋というと、錆びた姿を想像しがちですが、大池橋梁を見ると、適切に維持管理されながら現在も現役で使われている構造物なのだということを実感します。

3つを並べて見ると面白い

今回の3橋は、すべて鋼製の架道橋です。

しかし、並べて見るとかなり違います。

西境避溢橋梁は支間19m20の上路式。

西掛川架道橋は支間21mの下路式。

大池橋梁は支間8m20の下路式。

橋の規模も構造も異なります。

さらに保存状態にも大きな差があります。

西境避溢橋梁は2012年2月塗装で、現在は少し錆や塗装の剥がれが見られます。

西掛川架道橋は1994年11月以来の塗装記録で、植物に覆われた部分もあります。

一方、大池橋梁は2026年2月に再塗装され、昭和9年製とは思えないほどきれいな状態です。

同じ沿線、比較的近い場所にある橋でも、管理のタイミングによって見た目は大きく変わります。

 

銘板から見えてくる昭和初期の橋づくり

西境避溢橋梁と大池橋梁では、銘板から製作会社だけでなく、使用された材料の製造元まで確認できます。

西境避溢橋梁は汽車製造株式會社。

大池橋梁は日本橋梁株式會社。

橋そのものの製造会社は異なっています。

しかし材料欄を見ると、

八幡
日本鋼管
浅野造船所
浅野小倉製鋼所

といった共通する名前も見つかります。

同じ昭和9年に造られた橋でも、完成した橋だけを見るのではなく、銘板に刻まれた材料まで追っていくことで、その橋を構成している部材がどこから来たのかが少しずつ見えてきます。

普段なら見過ごしてしまう小さな銘板ですが、読んでみると情報量はかなり多いものです。

天浜線沿線として見た魅力

この3橋は、観光地として知られている場所ではありません。

特に西境避溢橋梁や大池橋梁は、規模だけなら小さな鉄道橋です。

それでも、銘板を見ると昭和9年。

二俣線開業時から90年以上にわたり、この場所で列車を支えてきた橋です。

しかも2橋には、製造会社だけでなく材料の情報まで残っています。

これら3橋はいずれも、登録有形文化財には指定されていません。

天浜線沿線には歴史的な駅舎や橋梁が文化財として登録されていますが、今回歩いてみて、それだけが沿線の古い構造物ではないことがよく分かりました。

掛川の街に入っていく、普段の生活道路のすぐそば。

そこに昭和初期の鉄道構造物が今も普通に使われています。

「知られざる歴史的な遺産が、沿線にはまだたくさん眠っている。」

今回の3橋は、そんなことを実感させてくれる場所でした。

天竜浜名湖鉄道 西境避溢橋梁側面

天竜浜名湖鉄道 西掛川架道橋 側面

天竜浜名湖鉄道 大池橋梁 側面

撮影スポットとしての見どころ

今回の3橋は、列車風景そのものを美しく撮る撮影スポットというより、構造物を記録する面白さが大きい場所です。

特に、

  • 橋梁全景
  • 上路式・下路式の違い
  • 銘板
  • 塗装記録
  • 錆や塗膜の状態
  • 銘板が失われた跡
  • リベットや桁の形

などを細かく撮影しておくと、後から橋同士を比較しやすくなります。

大池橋梁については、塗り直された直後の現在の状態を記録しておくことで、今後の変化を見る基準にもなりそうです。

歩いて感じたこと

今回の3橋で一番印象に残ったのは、どの橋も「普通にそこにある」ということでした。

登録文化財の案内板が立っているわけでもありません。

有名な撮影スポットでもありません。

日常的に車がその下を通り、天浜線の列車がその上を走っています。

それでも銘板を見ると、「鐡道省」「昭和九年」。

街の中に90年以上前の橋が残り、現在も現役で使われています。

特に、大池橋梁のように再塗装されてきれいになった姿を見ると、古い構造物は「古びて残っている」のではなく、現在の鉄道設備として維持され続けていることがよく分かります。

一方、西掛川架道橋では銘板が失われています。

西境避溢橋梁では塗装の傷みも見られます。

同じような年代の橋でも、現在の姿はさまざまです。

だからこそ、今見えている状態を写真に残しておく意味があるように感じました。

散策時の注意点

3橋とも道路と鉄道が交差する場所にあります。

撮影時は道路交通を妨げず、安全な歩道や公道から観察します。

特に西掛川架道橋周辺は交通量のある道路なので、橋を見上げながら移動するときは車両にも注意が必要です。

また、

  • 線路や鉄道用地へ入らない
  • 車道へ出て撮影しない
  • 橋梁や銘板に触れない
  • 植物に覆われた部分へ無理に近づかない
  • 住宅や店舗の敷地へ入らない
  • 人物や車のナンバーが写った場合は掲載時に配慮する

といった基本的な注意も必要です。

銘板は古く、今後破損する可能性もあります。

撮影は安全な位置から行い、構造物には手を触れずに記録します。

まとめ

西掛川駅〜桜木駅間にある、西境避溢橋梁、西掛川架道橋、大池橋梁。

いずれも掛川市大池にある鋼製架道橋です。

西境避溢橋梁と大池橋梁では、昭和9年の鐡道省銘板を確認できました。

汽車製造、日本橋梁、八幡、日本鋼管、浅野造船所、浅野小倉製鋼所。

小さな銘板の中には、橋を造った会社だけでなく、その材料に関わった名前まで残っています。

西掛川架道橋では銘板が失われており、正確な年代は確認できません。

それでも周辺の橋とよく似た構造を持ち、古い時代の架道橋であることを感じさせます。

そして今回の3橋は、どれも登録有形文化財ではありません。

それでも、昭和初期から現在まで使われ続けているものがあります。

天浜線には、文化財として名前が知られた建物や橋だけでなく、こうした「知られざる歴史的な構造物」がまだ数多く残っているようです。

駅から駅へ歩きながら一つずつ見ていくと、これまで何気なく見ていた小さな鉄橋にも、それぞれ違う来歴があることが分かってきました。

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