2026年10月8日、天竜浜名湖鉄道の円田駅から遠江一宮駅まで歩きました。
この区間は、平坦な田園地帯というより、少し丘陵地を通る変化のある地形です。
線路は築堤の上を走ったり、山の木々の中へ入ったり、道路と交差したりします。
そんな途中で見つけたのが、
- 15.1km付近の小さな第四種踏切
- 15.340km地点の松ヶ谷橋梁

天竜浜名湖鉄道 第4種踏切

天竜浜名湖鉄道 松ヶ谷橋梁
です。
どちらも観光地ではありません。
地元の人が日常的に使う道の中にある、小さな鉄道構造物です。
しかし松ヶ谷橋梁には、今も鐡道省時代の銘板が残っています。
目立たない場所だからこそ、沿線を歩いて初めて気づく面白さがありました。
スポットの概要
15.1km付近 第4種踏切
松ヶ谷橋梁(架道橋)
今回訪れたのは、円田駅から遠江一宮駅の間にある2つの構造物です。
第四種踏切
15.1km付近にある小さな踏切。

天竜浜名湖鉄道 第4種踏切
第四種踏切なので、警報機や遮断機はありません。
線路は築堤の上を走っており、下の道路から坂道を上って踏切へ向かいます。
踏切の先には、小さな神社があります。
松ヶ谷橋梁
第四種踏切から少し西側、15.340km地点にあります。

天竜浜名湖鉄道 松ヶ谷橋梁
中央が鋼橋で、その両側に短いRC橋が続く構造です。
鋼橋部分の橋長は約9.8m。
銘板が残っており、昭和11年製であることが確認できます。
神社へ続く小さな第四種踏切
最初に立ち寄ったのは、15.1km付近の第四種踏切です。

天竜浜名湖鉄道 第4種踏切
踏切そのものは非常に小さく、警報機も遮断機もありません。
この踏切の特徴は、その先に小さな神社があることです。
線路は築堤上を通っているため、下の道路から坂道を上り、線路を横断して神社へ向かいます。
神社はきれいに整備されていました。

天竜浜名湖鉄道 第4種踏切付近 神社
その様子を見ると、この踏切が今も実際に利用されていることが分かります。
単に昔から残っているだけの踏切ではなく、地域の生活や信仰とつながっている踏切です。
踏切から見える「森のトンネル」
踏切から線路を見ると、印象的な景色があります。
線路の先に木々が生い茂り、まるで「森のトンネル」のように見えます。
円田駅から遠江一宮駅の間は、ちょっとした丘陵地です。
平らな場所だけを走るのではなく、
- 築堤
- 切通
- 林の中
- 小さな谷
- 道路との交差
と、地形の変化に合わせて線路が続いています。
天浜線の面白さは、駅や橋だけではなく、こうした地形の変化にもあると感じます。
15.340km地点の松ヶ谷橋梁
第四種踏切から少し西へ進むと、道路が天浜線の下をくぐります。

天竜浜名湖鉄道 松ヶ谷橋梁
ここにあるのが松ヶ谷橋梁です。
鋼橋部分の橋長は約9.8m。
一見すると小さな鋼橋ですが、よく見ると、
RC橋+鋼橋+RC橋
という構造になっています。
中央の道路部分を鋼橋で越え、その両側に短いRC橋が続いています。
山の中にあるため、普段この橋を意識して見る人は多くないと思います。
しかし近づいて見ると、古い鋼橋らしいリベット構造と銘板が残っています。
銘板に残る昭和11年の記録
松ヶ谷橋梁には、鐡道省時代の銘板が残っています。

天竜浜名湖鉄道 松ヶ谷橋梁 銘板
確認できた内容は、
- 鐡道省
- 活荷重 KS12
- 図すは209-4
- 株式會社 横河橋梁製作所 東京工場製作
- 昭和十一年
- 子契橋 1413
材料欄には、
- I:八幡製鉄所
- C:八幡製鉄所
- L:八幡製鉄所、日本鋼管株式會社
- 鈑:浅野造船所ほか
- 鋲:浅野小倉製鋼所
などの文字を確認できました。
小さな橋ですが、銘板にはかなり細かな情報が残っています。
現在の景色だけでは分からない、橋の製作年代や製造会社、材料の供給元まで知ることができます。
西気賀の架道橋とよく似た構造
松ヶ谷橋梁を見ていて思い出したのが、西気賀周辺にある架道橋です。

天竜浜名湖鉄道 下気賀橋梁(架道橋)
そこでも、
RC+鋼橋+RC
という構造を見ることができました。
松ヶ谷橋梁とは橋長や細部は違いますが、基本的な考え方はかなり似ています。
道路部分だけを鋼橋で越え、その両側をRC構造でつなぐ。
二俣線建設時には、こうした小規模架道橋に共通した設計パターンがあったのかもしれません。
ただし、現時点では正式な標準設計だったのかまでは確認できていません。
今後、同じ形式の橋をさらに記録していけば、共通点が見えてきそうです。
人目につかない場所に残る松ヶ谷橋梁
松ヶ谷橋梁は、決して目立つ場所にはありません。
通る車も多くなく、周囲は山や木々に囲まれています。

天竜浜名湖鉄道 松ヶ谷橋梁
多くの人にとっては、
「道路の上に鉄道が通っている」
それだけの場所かもしれません。
しかし、橋は昭和11年製。
今も長い年月にわたり、この場所で天浜線を支えています。
大きな鉄橋や登録有形文化財だけが歴史的な構造物ではありません。
こうした小さな橋も、二俣線建設時の姿を現在まで伝えています。
天浜線沿線として見た魅力
円田駅から遠江一宮駅まで歩くと、天浜線の地形の変化を感じることができます。
駅だけを見て移動するのではなく、実際に歩くと、
第四種踏切。
築堤。
森の中を進む線路。
松ヶ谷橋梁。
山道。
そして遠江一宮駅。
と、さまざまな要素が次々に現れます。
今回の踏切と松ヶ谷橋梁は、どちらも大きな観光スポットではありません。
それでも、沿線を歩いたからこそ見つけられた場所です。
撮影スポットとしての見どころ
第四種踏切
踏切そのものより、
坂道+踏切+森の線路
という構図が面白いです。
線路を奥へ伸ばし、木々のトンネルを入れると、この区間の地形が伝わります。
ただし、この踏切と、踏切に至る通路は線路との距離が近く、この場所で撮影するのは、運転士に過度な緊張を与える可能性があります。
↓の写真は、神社の参道から少し望遠レンズで狙ったもの。線路から離れ、木々に隠れた場所から撮影することをお勧めします。

天竜浜名湖鉄道
松ヶ谷橋梁
こちらは構造記録向きです。
- 鋼橋部分
- RC部分
- 銘板
- リベット
- 道路との位置関係
をそれぞれ撮っておくと、後から他の橋と比較できます。

天竜浜名湖鉄道 松ヶ谷橋梁
歩いて感じたこと
今回印象に残ったのは、どちらもとても目立たない場所だったことです。
第四種踏切は、地元の小さな神社へ向かうための道。
松ヶ谷橋梁は、山道をまたぐ小さな橋。
それでも、一つずつ見ていくと、それぞれに役割があります。
踏切は、地域の人が神社へ行くために今も使われている。
松ヶ谷橋梁は、昭和11年からずっと線路を支えている。
こうした構造物を見ると、鉄道が単独で存在しているのではなく、周囲の道や集落と関係しながら造られてきたことがよく分かります。
そして、銘板まで残っている。
人目につかない場所ですが、記録しておきたい橋だと思いました。
散策時の注意点
第四種踏切には警報機も遮断機もありません。
通行時は左右を十分確認し、踏切内で立ち止まらないようにします。
撮影時も、
- 踏切から十分に距離を取る
- 線路内へ入らない
- 三脚を踏切付近に設置しない
- 神社参拝者や地域住民の通行を妨げない
- 運転士に不安を与える位置へ立たない
ことが大切です。
松ヶ谷橋梁周辺では、道路上での撮影になります。
車の通行が少なくても油断せず、安全な場所で短時間に撮影します。
また、橋梁や鉄道用地には立ち入りません。
まとめ
円田駅から遠江一宮駅まで歩く途中で見つけた、第四種踏切と松ヶ谷橋梁。
15.1km付近の第四種踏切は、小さな神社へ続く地域の踏切です。
踏切から線路を見ると、木々が線路を包み込み、「森のトンネル」のような景色が見えます。
少し西の15.340km地点には、昭和11年製の松ヶ谷橋梁があります。
橋長約9.8m。
中央が鋼橋、両側がRC橋という構造で、鐡道省・横河橋梁製作所の銘板も残っています。
どちらも有名な場所ではありません。
それでも、
地域の人が使う踏切。
山道を越える松ヶ谷橋梁。
そして丘陵地を縫うように走る天浜線。
円田〜遠江一宮間を歩く面白さが詰まった、小さな沿線スポットでした。




