2026年9月22日と23日、天竜浜名湖鉄道の豊岡駅から上野部駅、その少し北側まで歩きました。

天竜浜名湖鉄道 豊岡駅近くの橋梁
今回の目的は、この区間に残る3つのRC橋を記録することです。
このあたりは、かつて光明電気鉄道が築いた路盤を、後に国鉄二俣線が利用した区間とされています。
資料によると、光明電気鉄道は国鉄と同じ軌間を採用し、地方私鉄としては比較的高規格な軌道設計を行っていたため、二俣線建設時にも大規模な改修をせず路盤を引き継ぐことができたようです。
実際にこの区間を歩いてみると、二俣線として新しく建設された区間で鋼橋が多く見られるのとは対照的に、RC橋が目立ちます。
今回確認したのは、いずれも上野部川周辺に架かる3つの橋。
正式な橋梁名は確認できていないため、この記事では位置を基準に紹介します。
スポットの概要
上野部川橋梁(仮称)
上野部川橋梁(仮称)
上野部川橋梁(仮称)
今回訪れた3橋は、豊岡駅から上野部駅、その少し北側までの範囲にあります。
1つ目
豊岡駅から西へ約160mのRC橋。

天竜浜名湖鉄道 豊岡駅近くの橋梁
橋長はおよそ15m。
1桁の比較的小さな橋で、すぐ横に田川踏切があります。
2つ目
上野部駅から北へ約50mのRC橋。

天竜浜名湖鉄道 上野部駅近くの橋梁
橋長は約25m。
2桁連続のRC橋で、途中にコンクリート製の橋脚があります。
3つ目
上野部駅から北へ約250mのRC橋。

天竜浜名湖鉄道 上野部駅北にある橋梁
橋長は6〜8mほど。
1桁の非常に小さな橋で、すぐ横に神田踏切があります。
3橋とも規模は違いますが、基本的な造りには共通点があります。
豊岡駅西側のRC橋|彼岸花と水田の中を走る天浜線
最初の橋は、豊岡駅から西へ約160mの場所にあります。
1桁のRC橋で、橋長はおよそ15m。
すぐ横には田川踏切があります。
反対側には水田が広がり、今回訪れた9月下旬には、川の堤防に彼岸花が咲いていました。

天竜浜名湖鉄道 豊岡駅近くの橋梁
ちょうど彼岸花の季節だったこともあり、天浜線と彼岸花を撮影しようとしている人も何人か見かけました。
橋梁そのものを記録するだけでなく、
- 彼岸花
- 水田
- RC橋
- 天浜線
を組み合わせられる場所です。
3橋の中では、沿線風景として最も撮影しやすい場所だと感じました。
上野部駅北側の2桁RC橋
2つ目の橋は、上野部駅から北へ約50mの場所にあります。
今回の3橋では最も長く、橋長は約25m。

天竜浜名湖鉄道 上野部駅近くの橋梁
2桁のRC橋で、途中にコンクリート製の橋脚があります。
この付近の上野部川は少し川幅が広く、さらに線路が川に対して斜めに交差しているため、ほかの2橋より長い橋になっています。
構造としては分かりやすい橋ですが、周囲の地形や建物などの関係で、撮影できる位置はあまり多くありませんでした。
それでも、3橋を比較すると、この橋だけ2桁になっている理由が地形から想像しやすいのが面白いところです。
神田踏切横の小さなRC橋
3つ目は、上野部駅から北へ約250m。
神田踏切のすぐ横にある小さなRC橋です。

天竜浜名湖鉄道 上野部駅北にある橋梁
橋長は6〜8mほど。
今回の3橋では最も小さな橋です。
このあたりの水路は非常に細く、地図上では上野部川となっていますが、本流なのか支流なのかまでは今回確認できませんでした。
橋は小さいものの、基本的な造りはほかの2橋とよく似ています。
規模が変わっても同じ設計思想で造られているように見えるのが興味深いところです。
この場所では河原側へ降りられる場所もあり、下から橋を見上げるような構図も考えられます。
ただし、水辺なので増水や滑りやすい足元には十分な注意が必要です。
光明電気鉄道の路盤を引き継いだ区間
この3橋を見ていて特に面白かったのは、橋そのものだけではありません。
この区間の線路が、光明電気鉄道が造った路盤を国鉄二俣線が引き継いだ場所だということです。
資料によると、光明電気鉄道は地方私鉄でありながら、
- 国鉄と同じ線路幅を採用していた
- 比較的高規格な軌道設計だった
ことから、二俣線建設時にも大規模な改修をせず利用できたようです。
現在、天浜線の列車が走っている線形の下に、さらに古い鉄道計画の痕跡が残っている。
そう考えると、何気ないRC橋や築堤の見え方も少し変わります。
ただし、今回確認した3橋そのものが光明電気鉄道によって建設されたものなのか、それとも二俣線への転用時に新設・改修されたものなのかは、現時点では確認できていません。
この記事では、この区間の路盤が光明電気鉄道から引き継がれたことと、現在この区間にRC橋が複数残っていることを分けて記録しておきます。
二俣線新設区間との違い
これまで天浜線の橋梁を見てきて感じるのが、区間による構造の違いです。
二俣線として新しく建設された区間では、比較的短い橋でも鋼橋が使われている例を多く見かけました。
2026年9月 豊岡駅近くの野辺橋梁・磐田用水橋梁|鐡道省と国鉄、二つの時代を残す鋼橋
一方、今回の旧光明電気鉄道路盤の区間では、RC橋が連続しています。
今回確認した3橋も、
- 約15m
- 約25m
- 約6〜8m
と規模はかなり違います。
それでも、いずれもRC橋です。
なぜこの区間ではRCが多いのか。
光明電気鉄道時代からの構造なのか。
二俣線への転用時に同じ設計で整備されたのか。
現時点では、そこまで確認できていません。
しかし、橋梁を区間ごとに記録していくと、こうした「構造のまとまり」が見えてくるのが面白いところです。
気になる「左右で違う橋の表情」
今回だけでなく、天浜線のRC橋を見ていると気になる部分があります。
橋の側面が、左右で同じではありません。
片側は比較的平ら。

天竜浜名湖鉄道 RC橋の側面1
もう片側には、数十センチ程度の間隔で深い凹凸があります。

天竜浜名湖鉄道 RC橋の側面2
最初は橋によって形が違うのかと思いました。
しかし複数のRC橋を確認していくと、同じ橋でも左右で造形が異なる例があります。
今回の3橋でも、こうした違いを今後詳しく確認していきたいと思います。
施工方法によるものなのか、何らかの設備を取り付けるための構造なのか。
現時点では理由を確認できていません。
今後、RC橋を撮影するときには、橋の片側だけでなく、可能であれば反対側も記録して比較していきたいところです。
天浜線沿線として見た魅力
豊岡駅から上野部駅にかけては、現在も住宅が比較的多い地域です。
一方で、水田も残り、西側には天竜川、東側には山が迫っています。
平地そのものはそれほど広くありません。
その限られた土地の中を、道路、住宅、水田、川、鉄道が並んでいます。
今回訪れたRC橋も、そうした地域の地形に合わせて造られています。
特に彼岸花が咲く季節の豊岡駅西側は、橋梁そのものの記録だけでなく、地域の季節感を含めて撮影できる場所でした。
古い路盤。
RC橋。
水田。
彼岸花。
現在の天浜線。
いくつもの時代と風景が重なっている区間です。
撮影スポットとしての見どころ
豊岡駅西側のRC橋
3橋の中では最も撮影向きです。
彼岸花の季節なら、赤い花を前景にして天浜線を撮影できます。
水田を広く入れた構図も使えそうです。
上野部駅北側の2桁RC橋
橋そのものは大きめですが、撮影できる場所が限られます。
無理に構図を探さず、安全に見える位置から橋全体や中央橋脚を記録する方がよさそうです。
神田踏切横のRC橋
小さな橋ですが、河原側から橋を見上げる構図が使えます。
ただし水辺なので、天候や水量には注意が必要です。
動画・ショート動画なら
3橋を一つの短い動画にまとめても面白そうです。
例えば、
豊岡駅周辺の水田
↓
彼岸花と1つ目のRC橋
↓
上野部駅
↓
2桁のRC橋
↓
神田踏切横の小橋
↓
「同じ区間に残る3つのRC橋」
という流れなら、駅間散策としてまとまります。
橋だけでは変化が少ないので、水田、彼岸花、踏切、列車などを間に入れると、沿線の雰囲気も伝わりやすくなります。
歩いて感じたこと
今回の3橋を歩いて一番面白かったのは、「古い橋を見た」ということ以上に、この場所の線路そのものに古い歴史が重なっていることでした。
今走っているのは天竜浜名湖鉄道。
その前は国鉄二俣線。
さらに、この区間の路盤には光明電気鉄道の痕跡があります。
現在の天浜線から一段階ずつ時間を遡っていくような感覚です。
特にこれまで二俣線新設区間の鋼橋を多く見てきただけに、この区間でRC橋が続くのは印象的でした。
まだ橋そのものの製造年代や、光明電気鉄道との直接的な関係までは確認できていません。
それでも、同じようなRC橋がまとまって存在していることは、記録しておく価値がありそうです。
光明電気鉄道が造った路盤が、形を変えながら現在の天浜線に生きている。
それだけでも、この区間を歩く理由になると感じました。
散策時の注意点
橋梁の観察や撮影は、公道や立ち入り可能な場所から行います。
田川踏切、神田踏切周辺では列車の接近に十分注意し、踏切上や線路の近くに留まって撮影しないようにします。
また、
- 線路・鉄道用地へ入らない
- 私有地や水田へ入らない
- 農作業の邪魔をしない
- 水路や河原へ降りる場合は水量と足元を確認する
- 増水時には河原へ近づかない
- 住宅や人物、車のナンバーが写った場合は掲載時に配慮する
といった点にも注意が必要です。
特に3つ目の橋周辺では、河原側から撮影できる場所があっても、水難事故の危険があります。
無理に下へ降りず、その日の状況を優先して撮影します。
まとめ
豊岡駅から上野部駅、その少し北側まで歩くと、上野部川周辺に3つのRC橋があります。
約15mの1桁橋。
約25mの2桁橋。
6〜8mほどの小橋。
大きさは違いますが、基本的な造りには共通点があります。
そして、この区間は光明電気鉄道が造った路盤を、後に国鉄二俣線が利用した場所です。
今回の3橋が光明電気鉄道時代そのものの橋なのかどうかは、まだ確認できていません。
それでも、二俣線新設区間で鋼橋が目立つのに対して、この区間ではRC橋がまとまって残っていることは、とても興味深く感じました。
さらに、RC橋の左右で側面の造形が異なるという新しい疑問も出てきました。
沿線を歩いて橋を一つずつ見ていると、調べたいことが次々に増えていきます。
現在の天浜線の下に、国鉄二俣線、そして光明電気鉄道という過去が重なっている。
その痕跡を現地で感じられる、面白い区間でした。


