2026年9月2日、天竜浜名湖鉄道の常葉大学前駅から金指駅方面へ歩きました。
前の記事では、この途中にある瀬戸山橋梁と瀬戸橋梁を紹介しました。

今回はその続きとして、金指駅に近づいたところにある藪下踏切と、駅東側に残る旧・遠州鉄道奥山線の路盤跡を紹介します。

天竜浜名湖鉄道 薮下踏切
藪下踏切は、警報機も遮断機もない第4種踏切。
一方、その近くには、かつて金指駅へ乗り入れていた奥山線の線路跡が、現在の田んぼや駐車場の形としてわずかに残っています。
片方は今も列車が通る踏切。
もう片方は、鉄道を知らなければほとんど気付くことのない旧線跡。
同じ金指駅周辺に、現在と過去の鉄道風景が残っていました。
スポットの概要
今回訪れたのは、浜松市浜名区細江町中川にある藪下踏切と、その近くに残る遠州鉄道奥山線の旧線跡です。
薮下踏切(第4種踏切)
旧奥山線 路盤跡
最寄り駅は天浜線の金指駅。
今回は常葉大学前駅側から歩き、前回紹介した瀬戸橋梁を通って金指方面へ向かいました。
藪下踏切
藪下踏切は、警報機も遮断機も設置されていない第4種踏切です。
踏切の両側には自動車の進入を防ぐためのガードが設置されており、普通自動車は通行できません。

天竜浜名湖鉄道 薮下踏切
踏切付近の標識には「進入禁止(自転車を除く)」とあり、現地の表示を見る限り、自転車は通行できる形になっていました。
以前、この踏切付近では自動車と列車の接触事故があったようで、その後、自動車が入れないようになったとのことです。
旧・遠州鉄道奥山線の路盤跡
もうひとつ今回確認したのが、金指駅の東側に残る奥山線の旧線跡です。
奥山線は金指駅へ近づく直前でカーブしながら駅へ入っていました。
現在も、その線形を思わせる土地の形が残っています。
ただし現地に立って見るだけでは、ここが鉄道路盤だったとはほとんど分かりません。

金指駅 旧奥山線路盤跡
事前に古い航空写真などで位置を確認していたため分かりましたが、何も知らずに歩けば見落としていたと思います。
現地の様子
藪下踏切の周辺は、金指駅に比較的近い場所です。
住宅や工場があり、少し歩けばコンビニや飲食店もあります。
一方で、駅からわずかに離れると水田も残っていて、市街地と農地が混ざり合う場所になっています。
藪下踏切も、完全に人里離れた場所にある踏切ではありません。
周囲には住宅や工場があり、現地を見る限りでは現在も地域の通路として使われているように感じました。

天竜浜名湖鉄道 薮下踏切付近の様子
踏切には警報機も遮断機もありません。
ただし自動車は入れないようになっており、線路を挟んだ両側にはガードがあります。
一方、旧奥山線の路盤跡は、現地だけを見るとかなり分かりにくいものでした。
線路も、枕木も、鉄道施設も残っていません。
あるのは田んぼの縁に残る不自然なカーブです。
さらにその先にある飲食店の駐車場も、同じ流れを引き継ぐように曲線を描いています。

旧奥山線 廃線跡
古い航空写真では、このラインに沿って線路が通っていたことを確認できます。
現在の土地の形と過去の線路を重ねて見ると、初めて「ここを鉄道が走っていたのか」と実感できる場所でした。
天浜線沿線として見た魅力
金指駅周辺は、現在の天浜線だけを見ても興味深い場所ですが、少し視点を広げると別の鉄道の痕跡も残っています。
現在も使われている天浜線の藪下踏切。

天竜浜名湖鉄道 薮下踏切
そして、そのすぐ近くには、すでに姿を消した奥山線の旧線跡があります。
奥山線は金指駅で国鉄二俣線(現在の天竜浜名湖鉄道)と接続し、その後、二俣線を陸橋で越えて奥山方面へ向かっていました。
今回は金指駅東側だけを歩きましたが、駅西側にも奥山線の痕跡が残っています。
現役の天浜線と、消えてしまった奥山線。
同じ金指駅周辺を歩くことで、現在の鉄道だけでなく、かつて存在していた路線の位置関係も少しずつ見えてきます。
駅単体では分からない地域の鉄道史を、実際の地形を歩きながら確認できるのが、この周辺の面白さだと思います。
撮影スポットとしての見どころ
藪下踏切は、第4種踏切そのものを記録する対象として面白い場所です。
警報機も遮断機もなく、代わりに自動車の進入を防ぐガードが設置されています。
踏切全体だけでなく、
・踏切標識
・車止めのガード
・線路との位置関係
・周囲の住宅や工場
などを複数のカットで記録しておくと、現在の状態が分かりやすくなります。
第4種踏切は今後も姿を変える可能性があるため、風景写真だけでなく記録写真として残しておく価値もありそうです。
今回訪れた、旧奥山線の路盤跡については、写真だけで「鉄道跡」と伝えるのはかなり難しい場所です。
そのため、田んぼの縁のカーブだけをアップで撮るよりも、周囲を広めに入れた写真の方が位置関係を説明しやすくなります。
路盤跡から駐車場方向へ続く曲線を連続して撮っておけば、ブログ上で複数枚を並べながら旧線のルートを説明できます。
今回は、夏ということもあり、路盤跡に草が生い茂り、もともとわかりにくかった線路跡が、さらにわかりにくくなっていました。冬に訪れたら、ちょっと違う感想も持ったかもなと感じました。
歩いて感じたこと
今回特に印象に残ったのは、二つの場所の「分かりやすさ」の違いでした。
藪下踏切は見ればすぐ踏切だと分かります。
警報機も遮断機もありませんが、踏切標識や線路、ガードがあり、現在も鉄道施設として存在しています。
一方、奥山線の旧線跡はまったく違います。
事前に場所を調べ、古い航空写真で線路の位置を確認していたからこそ、「ここだ」と判断できました。
現地だけを見れば、単に少し曲がった田んぼの縁や駐車場にしか見えません。
それでも、過去の航空写真と現在の地形を重ねると、線路だった曲線が浮かび上がってきます。
廃線跡というと、橋脚やトンネル、ホームなど、分かりやすい構造物を想像しがちです。
しかし、何も残っていないように見える場所でも、土地の形そのものが鉄道の痕跡になっていることがあります。
今回は、まさにそうした場所でした。
散策時の注意点
藪下踏切は警報機も遮断機もない第4種踏切です。
横断する場合は必ず左右を十分に確認し、列車の接近に注意してください。
撮影のために踏切内へ立ち止まったり、線路内や鉄道用地に入ったりすることは避けます。
踏切には自動車の進入を防ぐガードがあります。
現地の表示や通行条件に従い、無理に車両で進入しないようにします。
旧奥山線の路盤跡は、現在では田んぼや店舗の駐車場など、別の用途で使われています。
「旧線跡だから」といって敷地内へ立ち入ることはできません。
道路など一般に通行できる場所から観察・撮影します。
特に飲食店の駐車場は店舗利用者のための場所なので、遺構を見る目的だけで無断利用したり、営業の妨げになるような撮影をしないよう配慮が必要です。
まとめ
金指駅近くにある藪下踏切と、旧・遠州鉄道奥山線の路盤跡。
藪下踏切は、現在も使われている第4種踏切です。
警報機も遮断機もありませんが、周囲には住宅や工場があり、地域の中に現在も残っている踏切でした。
一方、今回訪れた奥山線の路盤跡は、田んぼの縁や駐車場に見える不自然な曲線。
何も知らなければ、そのまま通り過ぎてしまうような場所です。
しかし古い航空写真と現在の風景を重ねると、そこに鉄道が走っていたことが分かります。
現役の天浜線と、消えてしまった奥山線。
その両方の痕跡を見ることができるのが、金指駅周辺の面白さのひとつだと感じました。
今回は駅東側だけでしたが、奥山線の遺構は金指駅西側にも残っています。
今後そちらを歩いたときには、今回の旧線跡から先へ、かつての奥山線をたどってみたいと思います。




