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2026年10月 釣橋川橋梁|1970年代に架け替えられた国鉄時代の4連鋼橋

33.三ケ日駅
天竜浜名湖鉄道 夕方の釣橋川橋梁
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2026年10月21日、天竜浜名湖鉄道の三ヶ日駅近くにある釣橋川橋梁を訪れました。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川橋梁

天浜線には、鐡道省時代から残る昭和初期の橋が数多くあります。

その中で、釣橋川橋梁は少し立ち位置が違います。

現在の橋は、1970年代半ばの河川改修に伴って架け替えられたと考えられる、国鉄時代の橋梁です。

4連の下路式プレートガーター橋。

緩やかな曲線を描きながら釣橋川を渡る姿はとても美しく、現在の灰色塗装も天浜線の橋梁の中ではかなり珍しく感じます。

今回は橋そのものだけでなく、

  • 鋼橋に残る銘板
  • 橋脚の工事銘板
  • 過去の航空写真
  • 旧線跡と思われる函渠

まで見ながら、この橋が架け替えられた時期と、その前後の線路の痕跡を追いました。

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スポットの概要

釣橋川橋梁

釣橋川橋梁は、静岡県浜松市浜名区三ヶ日町にあります。

最寄り駅は天竜浜名湖鉄道の三ヶ日駅です。

駅からも比較的近く、橋の北側・南側の両方から観察できます。

現在の橋は、

  • 4連
  • 下路式
  • プレートガーター橋
  • 設計荷重 KS-14

という構造です。

橋全体が緩やかに曲線を描いているのが大きな特徴です。

また、すぐ近くを国道301号が通っており、道路橋側から釣橋川橋梁全体を見やすいのもポイントです。

1974年の鋼橋銘板

釣橋川橋梁では、現在も鋼橋の銘板を確認できます。

ただし、本来4桁ある橋なので、銘板も複数あったと思われます。

現在確認できたのは1枚のみ。

残り3枚はすでに脱落しています。

残った1枚も草に埋もれ、一部が確認しにくい状態でした。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川橋梁の銘板 ※複数撮影した中の一枚

読み取れた内容は、

  • 日本国有鉄道
  • 1974
  • KS-14
  • WTG 427-1
  • 日本鋼管(株)清水造船所

です。

この銘板から、鋼桁そのものは1974年製であることが分かります。

鐡道省時代の橋が多い天浜線沿線では、「日本国有鉄道」と刻まれた銘板はむしろ少数派です。

橋脚の銘板から分かる工事時期

さらに重要なのが、コンクリート製橋脚に残る銘板です。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川橋梁 銘板

こちらには、

  • 設計:静岡鉄道管理局
  • 施工:鉄建々設株式会社
  • 設計荷重:KS14
  • 着手:昭和50年2月8日
  • しゅんこう:昭和50年6月27日

と記されています。

昭和50年は1975年です。

鋼桁の銘板が1974年。

橋脚工事の着手・竣工が1975年。

この2つを合わせると、

鋼桁を1974年に製作し、1975年前半に現地工事を進めた

という流れだった可能性が高そうです。

少なくとも、現在の釣橋川橋梁が1974〜1975年頃に造られたことは、かなり具体的に絞り込めます。

航空写真にも写る架け替え工事

橋の架け替え時期を考えるうえで、もう一つ手掛かりになるのが過去の航空写真です。

地理院地図・電子国土Webで過去の航空写真を確認すると、1974年〜1978年に撮影された写真に、建設中と思われる釣橋川橋梁が写っています。

出典:国土地理院 地理院地図 電子国土webより引用

現地の銘板情報と航空写真の年代は、よく一致しています。

つまり、

  • 1974年 鋼桁製作
  • 1975年 橋脚工事
  • 1974〜1978年撮影の航空写真に工事中の姿

という複数の情報から、現在の橋への架け替え時期をかなり具体的に確認できます。

なぜ架け替えられたのか

現在の釣橋川橋梁は、1970年代半ばの大規模な河川改修に伴って架け替えられたと考えられます。

旧線は現在より南側を通っていたようです。

新しい橋を造る際には、その北側へ新しい築堤を築き、線路そのものを少し移動させたと考えられます。

その後、旧線側は撤去されたようで、現在の航空写真を見ても明確な線路跡はほとんど残っていません。

大規模な河川改修では、

単に鉄道橋だけを取り替えるのではなく、

  • 河道
  • 橋台
  • 橋脚
  • 築堤
  • 線路位置

まで一体で変更することがあります。

釣橋川橋梁は、その変化を現在も見ることができる場所です。

4連の曲線が美しい橋

釣橋川橋梁そのものも、非常に印象的です。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川橋梁

4連の下路式プレートガーター。

しかも線路が曲線を描いているため、4つの桁が少しずつ向きを変えながら並んでいます。

直線橋にはないリズムがあります。

特に国道301号側から見ると、複数の桁が奥へ重なりながらカーブしていく形がよく分かります。

橋梁構造を記録する意味でも、列車を撮影する意味でも面白い場所です。

天浜線では珍しい灰色の橋

釣橋川橋梁でもう一つ気になるのが、塗装色です。

現在は灰色に塗られています。

天浜線の鋼橋では緑系の塗装を多く見かけるため、この灰色はかなり目立ちます。

今回見てきた範囲では、このような色の橋はほかにほとんど記憶がありません。

なぜ釣橋川橋梁だけ灰色なのか。

建設当初からこの色だったのか。

途中の塗り替えで変更されたのか。

今のところ、その理由は分かっていません。

また、現在の塗装はかなり傷んでおり、下地が見えている部分も多くありました。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川橋梁

1970年代の建設から約50年。

その間に塗り替えが何度行われたのかも、今後確認したいところです。

北側から旧線の痕跡を探す

今回は、橋そのものだけでなく、架け替え前の旧線跡も探してみました。

現在の線路は、旧線より少し北側に移動したと考えられます。

そのため、新線の北側から築堤周辺を観察しました。

すると、一つ気になる函渠がありました。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川西側にある函渠

入口から内部を覗くと、途中で形状が変わっています。

さらに、コンクリートの質感も、その地点を境に明らかに違って見えました。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川西側にある函渠

この先は旧線築堤なのか

函渠内部で構造が変化する位置が、非常に気になりました。

もし現在の新線築堤と旧線築堤が横に並んでいた時期があるなら、

現在の函渠
↓
途中から旧線築堤部分の古い函渠

という形で延長された可能性も考えられます。

つまり、函渠そのものが新旧2つの築堤を貫いているのかもしれません。

ただし、現時点では仮説です。

今回は北側から確認しただけで、南側へ回り込むことができませんでした。

南側の出口やコンクリートの接続部を確認できれば、もう少し判断材料が増えそうです。

旧線の痕跡と断定せず、

「旧線築堤時代の函渠が残っている可能性がある」

という段階で記録しておきます。

国鉄時代の橋という面白さ

天浜線の橋梁を見ていると、昭和初期の鐡道省時代の橋が非常に目立ちます。

逆に、国鉄時代に架け替えられた橋は意外に少なく感じます。

その意味で釣橋川橋梁は面白い存在です。

銘板には、

日本国有鉄道

の文字。

設計は静岡鉄道管理局。

施工は鉄建建設。

さらに鋼桁は日本鋼管・清水造船所。

1930年代の鐡道省橋梁とは、銘板に登場する組織も、構造も、製作方法も変わっています。

天浜線の橋梁史を時代ごとに見るなら、釣橋川橋梁は重要な一例だと思います。

浜名湖に近い水辺の橋

釣橋川橋梁は浜名湖にも近い場所です。

潮位が高い時間帯には橋の下に広い水面が広がります。

川というより、浜名湖の入り江に近い雰囲気になることもあります。

そのため、水面と鉄橋を一緒に撮影しやすい場所です。

特に夕方は、水面に夕日の光が反射し、その上を天浜線が走ります。

天竜浜名湖鉄道 夕方の釣橋川橋梁

構造物の記録だけでなく、風景写真としても魅力のある橋です。

撮影スポットとしての見どころ

国道301号側

橋全体を見やすい定番位置です。

4連の曲線と列車をまとめて撮影できます。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川橋梁

北側

比較的安全に橋へ近づくことができ、桁や橋脚を細かく記録できます。

銘板や塗装状態を撮影するならこちらが向いています。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川橋梁

水面を入れる

満潮前後なら、水面を大きく入れた構図も作れます。

特に夕方の斜光では、水面の反射が使えそうです。

天竜浜名湖鉄道 夕方の釣橋川橋梁

望遠で曲線を圧縮

4つの桁を重ねるように撮れば、曲線橋らしい独特の構図になります。

天竜浜名湖鉄道 釣橋川橋梁

歩いて感じたこと

釣橋川橋梁は、見た目だけでもきれいな橋です。

4連の下路式鋼橋が緩やかにカーブし、浜名湖に近い水面を渡っていく。

それだけでも十分に見応えがあります。

でも、銘板を見て、航空写真を見て、周囲を歩いてみると、それだけでは終わりませんでした。

1974年製の鋼桁。

1975年の橋脚工事。

線路の付け替え。

旧線跡。

そして、函渠の途中で変わるコンクリート。

現在の橋だけを見るのではなく、その下や周囲を見ることで、

この場所で線路そのものが動いた時代

が少し見えてきます。

まだ分からない部分も多い橋です。

だからこそ、もう一度調べたくなる場所でもあります。

散策時の注意点

釣橋川橋梁は現役の鉄道橋です。

観察や撮影は、公道や安全に立ち入れる場所から行います。

  • 線路・鉄道用地には入らない
  • 橋梁へ登らない
  • 銘板へ無理に近づかない
  • 草木が多い場所へ無理に入らない
  • 函渠内部へ入らない
  • 水位や潮位に注意する
  • 国道301号付近では車両に十分注意する

ことが大切です。

特に函渠については、内部を覗くだけにとどめました。

水路や函渠は天候や水位によって危険性が大きく変わります。

旧線痕跡を確認するためでも、無理に内部へ入るべきではありません。

まとめ

三ヶ日駅近くにある釣橋川橋梁。

現在の橋は、1974〜1975年頃に河川改修に伴って架け替えられたと考えられます。

鋼桁の銘板には、

  • 日本国有鉄道
  • 1974
  • KS-14
  • 日本鋼管(株)清水造船所

橋脚には、

  • 設計:静岡鉄道管理局
  • 施工:鉄建々設株式会社
  • 昭和50年2月着手
  • 昭和50年6月竣工

という記録が残っています。

4連の下路式プレートガーター橋は、緩やかに曲線を描き、現在は珍しい灰色に塗装されています。

さらに周囲を歩くと、線路付け替え前の旧線と関係している可能性がある函渠も見つかりました。

この函渠が本当に旧線築堤時代のものなのかは、まだ確認できていません。

見た目は美しい国鉄時代の橋。

しかしその周囲には、河川改修と線路付け替えの痕跡がまだ残っているかもしれません。

釣橋川橋梁は、橋そのものだけでなく、周辺まで歩いてみることで面白さが増す場所でした。

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