2026年9月18日、天竜浜名湖鉄道の桜木駅から掛川市役所前駅まで歩きました。
今回の目的の一つが、途中にある二つの河川橋梁、垂木川橋梁と逆川橋梁です。
どちらも鋼製の上路式橋梁。
そして銘板から、二つとも鐡道省時代の昭和9年製であることを確認できます。
逆川橋梁には横河橋梁製作所と東京石川島造船所、垂木川橋梁には東京石川島造船所の銘板が残っています。
現在も天浜線の列車を支えている橋ですが、二つとも登録有形文化財には指定されていません。
沿線を歩いていると、文化財として知られた橋だけでなく、こうした二俣線開業時の橋梁も残っていることに気づきます。
今回は、掛川市内に残る二つの古い鋼橋を記録します。
スポットの概要
逆川橋梁
垂木川橋梁
逆川橋梁
逆川橋梁は、掛川市大池にある天浜線の鉄道橋です。

天竜浜名湖鉄道 逆川橋梁
最寄り駅は西掛川駅。
逆川を渡る鋼製3連桁橋で、上路式の構造になっています。
近くの橋から見ると、三つの桁が規則正しく並び、川の流れと組み合わさって非常に整った姿に見えます。
銘板から確認できる製作年は昭和9年。
また、三つの桁には横河橋梁製作所と東京石川島造船所が関わっていることが分かります。
垂木川橋梁
垂木川橋梁は、掛川市下垂木にあります。

天竜浜名湖鉄道 垂木川橋梁
桜木駅と西掛川駅の間に位置する、鋼製1桁の上路式橋梁です。
製作年は逆川橋梁と同じ昭和9年。
銘板には東京石川島造船所の名が残っています。
逆川橋梁が3連桁なのに対して、こちらは1桁だけの非常にシンプルな橋です。
しかし、その簡素な形も含めて、当時の鉄道橋梁の基本的な姿を見るようで興味深く感じました。
逆川橋梁|3連桁がつくる整った姿
逆川橋梁は、今回訪れた二つの橋のうち、より規模の大きな橋梁です。
三つの鋼桁が並び、逆川を渡っています。
近くの道路橋から見ると、川の流れの上に三つの桁が整然と並ぶ姿を正面に近い角度から見ることができます。
周囲は比較的街中ですが、この方向から眺めると余計な構造物があまり視界に入らず、川と橋梁がすっきりと見えます。
特に印象的なのは、三連の桁がつくるシンメトリーに近い形です。
大きなトラス橋のような派手さはありません。
それでも、直線的な鋼桁と橋脚、川の流れが組み合わさることで、とても整った風景になります。

天竜浜名湖鉄道 逆川橋梁
逆川橋梁に残る銘板
逆川橋梁では、三つの桁に銘板が残っています。
確認できた範囲では、横河橋梁製作所と東京石川島造船所の名を見ることができます。

天竜浜名湖鉄道 逆川橋梁 銘板3

天竜浜名湖鉄道 逆川橋梁

天竜浜名湖鉄道 銘板2

天竜浜名湖鉄道 逆川橋梁 銘板1
一つの橋梁の中で、複数の製作会社が関わっていることが銘板から分かるのは、とても興味深いところです。
製作年は昭和9年。
二俣線開業時に用意された橋梁です。
一方で、銘板の状態には少し不安があります。
3枚とも一応残っているものの、割れが見られるものもあり、今後さらに傷みが進めば脱落してしまう可能性も感じました。
橋そのものだけでなく、製造会社や年代を直接伝える銘板も、今のうちに記録しておきたい部分です。
垂木川橋梁|静かな川辺に残る1桁の鋼橋
逆川橋梁から桜木駅方面へ進むと、もう一つの古い鋼橋、垂木川橋梁があります。

天竜浜名湖鉄道 垂木川橋梁
こちらは逆川橋梁とは対照的です。
橋梁は1桁だけ。
構造も非常にシンプルです。
周辺には住宅などがほとんどなく、自然の残る垂木川の上に鋼橋が架かっています。
少し離れた場所には国道1号バイパスが通っていますが、橋梁周辺に立っているとそれほど存在感は強くありません。
川と線路、鋼橋。
余計なものが少ない静かな風景です。
橋梁としては決して大規模ではありませんが、昭和9年に作られた鋼橋が、現在まで同じ場所で列車を支えていると考えると、そのシンプルな形にも重みを感じます。
垂木川橋梁に残る銘板
垂木川橋梁にも鐡道省時代の銘板が残っています。

天竜浜名湖鉄道 垂木川橋梁

天竜浜名湖鉄道 垂木川橋梁
製作年は昭和9年。
製作会社は東京石川島造船所です。
逆川橋梁にも東京石川島造船所が関わっているため、同じ時期に製作された二つの橋の間に共通点を見ることができます。
逆川橋梁では一部の銘板に割れが見られましたが、垂木川橋梁の銘板は比較的しっかり残っていました。
橋の形そのものは簡素でも、銘板を見ることで、この橋がどの時代に、どの会社によって作られたものなのかが具体的になります。
二つの橋を並べて見て分かること
今回、逆川橋梁と垂木川橋梁を同じ日に歩いて見たことで、共通点と違いがよく分かりました。
共通しているのは、
- どちらも鋼橋
- どちらも上路式
- どちらも昭和9年製
- どちらも鐡道省時代の橋梁
- 東京石川島造船所が製作に関わっている
という点です。
一方で、橋の姿はかなり違います。
逆川橋梁は3連桁。
垂木川橋梁は1桁。
川幅や地形に合わせて、同じ時期でも橋の規模が変わっていることが分かります。
また、逆川橋梁では横河橋梁製作所も関わっています。
同じ区間の近い時期に作られた橋でも、製作会社や桁の構成には違いがある。
銘板を見ながら橋を比べていくと、単に「古い鉄橋」と見るだけでは気づかない違いが出てきます。
登録有形文化財ではない古い橋
今回の二つの橋で、もう一つ印象に残ったことがあります。
逆川橋梁も垂木川橋梁も、昭和9年製。
二俣線開業時から残る古い鋼橋ですが、どちらも登録有形文化財には指定されていません。
天浜線沿線には登録有形文化財となっている駅舎や橋梁があります。
そうした建築物は比較的情報も見つけやすく、歴史的な構造物として意識しやすい存在です。
一方で、沿線を実際に歩いてみると、文化財指定を受けていなくても、開業時から残る橋梁があります。
逆川橋梁と垂木川橋梁も、その一例です。
銘板が残っていることで、製作年や製造会社まで確認できる。
こうした構造物も、今の姿を記録しておく意味は大きいと感じました。
天浜線沿線として見た魅力
二つの橋は、どちらも桜木駅から掛川市役所前駅まで歩く途中で訪れることができます。
駅だけを巡ると、その間は単なる移動区間になりがちです。
しかし歩いてみると、線路の途中にも二俣線開業時から残る構造物があります。
特に今回のように、同じ昭和9年製の橋を続けて見ると、天浜線の線路そのものが歴史的な構造物の積み重ねでできていることを実感できます。
逆川橋梁では街中にありながら整った川と橋の風景。
垂木川橋梁では、静かな自然の中に残る簡素な鋼橋。
近い区間にありながら、まったく違った表情を持っています。

天竜浜名湖鉄道 垂木川橋梁

天竜浜名湖鉄道 逆川橋梁
撮影スポットとしての見どころ
撮影という点では、特に逆川橋梁が印象的でした。
近くの橋から眺めると、三つの鋼桁と逆川の流れを一緒に捉えることができます。

天竜浜名湖鉄道 逆川橋梁
橋を真正面に近い形で見るため、左右のバランスも整いやすく、橋梁そのものの形を記録するのに向いています。
列車が通過する時間に合わせれば、3連桁の上を走る天浜線も撮影できます。
一方、垂木川橋梁は周囲に人工物が少ないため、橋単体だけでなく自然環境を含めた撮影に向いています。
こちらは橋の規模よりも、静かな川辺と古い鋼橋の組み合わせを活かした方が、この場所らしい写真になりそうです。
歩いて感じたこと
今回、二つの橋を続けて見て感じたのは、「有名かどうか」と「記録する価値」は別だということでした。
逆川橋梁も垂木川橋梁も、大きな観光施設ではありません。
登録有形文化財でもありません。
それでも昭和9年に製作され、現在まで天浜線の列車を支えています。
しかも銘板には、横河橋梁製作所や東京石川島造船所の名前が残っています。
橋の姿だけでなく、こうした文字を見ることで、その橋が一気に具体的な歴史を持った構造物に見えてきます。
同時に、逆川橋梁の銘板の割れは気になりました。
銘板が脱落してしまえば、現地で直接確認できる情報が一つ失われます。
橋梁そのものと合わせて、銘板の現在の状態も写真で残していく必要があるように感じました。
散策時の注意点
橋梁の観察・撮影は、公道や安全に立ち入れる場所から行います。
銘板を見るために線路や鉄道用地へ入ったり、橋梁そのものへ近づいたりしないよう注意が必要です。
また、
- 線路内へ入らない
- 鉄道用地へ立ち入らない
- 橋梁や銘板に触れない
- 川辺では足元に注意する
- 道路や歩道で長時間通行を妨げない
- 住宅や人物、車のナンバーが写った場合は掲載時に配慮する
といった基本的な点にも気を付けたいところです。
特に銘板は古く、割れや劣化も見られます。
観察は撮影できる範囲から行い、構造物には触れないようにします。
まとめ
掛川市役所前駅〜桜木駅間に残る、逆川橋梁と垂木川橋梁。
逆川橋梁は3連桁。
垂木川橋梁は1桁。
規模も周囲の風景も違いますが、二つには大きな共通点があります。
どちらも昭和9年製の鐡道省時代の鋼橋です。
さらに、銘板から東京石川島造船所が両方の橋に関わっていることが分かり、逆川橋梁では横河橋梁製作所の名前も確認できます。
二俣線開業時に造られた橋が、現在も天浜線を支えている。
その事実だけでも、十分に記録しておきたい構造物だと感じました。
そして二つとも、登録有形文化財には指定されていません。
文化財として知られた構造物だけでなく、こうした橋も沿線には残っています。
駅と駅の間を歩き、小さな橋を一つずつ確認していく。
そうすることで、天浜線の歴史は駅だけではなく、線路や橋梁の一つ一つにも残っていることが見えてきます。


